ラ・トゥリブナ・デ・シウダッド・レアル紙 7/14 「クセックACTの意表をつく演技術」
-
2005/08/01(Mon)
-
Category:新聞記事
神宮寺啓は市立劇場で、ある時は狂人、あるときは正気のドン・キホーテを舞台にのせる
日本の劇団クセックACTは火曜の夜、セルバンテスの『ドン・キホーテ …その狂気について』を上演したが、世界に知られたこの人物を別の視点で舞台に乗せた。つまり演出家の神宮寺は、巨人に対峙するドン・キホーテではなく、それを遙かに超えた何者かに対峙するドン・キホーテを舞台に乗せたのだ。
『ドン・キホーテ …その狂気について』はアルマグロ国際古典演劇祭においてもっとも期待された舞台のひとつであった。そしてまさに、期待を裏切らなかった。他の芝居とは全く違った舞台となり、同時に演出家によって俳優が舞台上の道具に変えられた奇妙な舞台であった。
ことばの壁については、確かに最初は気になったが、すじの展開にさして困難とはならなかった。演出家はスペインのテクストの本質を抽出し、日本的な表幻術で舞台化し、観客に西洋とは違った文化を示しただけでなく、新しい演劇の世界に導いてくれた。
こういった劇団の特異性と俳優術は、三年前の『人生は夢』で十分に示されていたが、今回の『ドン・キホーテ …その狂気について』では、すべてのすじを動きによって誇張しながら舞台上に展開していく、まったく新しい演技術を示した。
表現力豊かな視線、制御された動き、細部にまでこだわった舞台美術とあいまって、俳優たちは市立劇場の隅に至るまで活用し、見事に『ドン・キホーテ』の世界を舞台に実現した。俳優たちのなかでドン・キホーテを演じた榊原忠美と吉田憲二のベテランが光っていたが、他の俳優たちも忘れてはならない。
田尻陽一による脚本は、原作からミコミコーナ姫とドゥルシネア姫を絡めた三つの冒険を語っていた。
記者の視点:日本の劇団、実にうまい
最初にこの劇団を見たのは、三年前のフカル劇場で上演されたカルデロンの『人生は夢』だったが、劇場を出るとき、摩訶不思議なものに困惑した。
クセックACTによる上演によって、まったく違う演劇の世界に引き込まれるとは、想像できなかったのだ。この経験があったので、三年後にこの劇団が再びアルマグロに登場することに、私は注目した。そして、間違いではなかった。『ドン・キホーテ』のような作品を日本語で上演することは、この劇団にとって困難なことであった。ただ驚きは、この『ドン・キホーテ』は他の『ドン・キホーテ』とはまったく違うと言うことだ。昨日の『ドン・キホーテ』は、狂って冒険に向かうひょろ長い身体の騎士であることはそのままだが、人間の二重性、狂気が狂気に対抗するという逆向きの一組、そしてこの両者がセルバンテスの中に生きていると言うことを見せてくれた。
