エル・ディア紙

日本の劇団が二日間にわたって市立劇場で『ドン・キホーテ …その狂気について』を上演し、場内割れんばかりの拍手で初日を終えた。二年前、『人生は夢』で興味津々の舞台を見せた劇団は、観客に前回同様の質を期待されたが、事実、最高の『ドン・キホーテ』のひとつであった。


『ドン・キホーテ』はしばしば演劇化される。今週、アルマグロでは6本のドン・キホーテが上演された。もちろん、国境を越えたユニバーサルな舞台である。そこには人種の違い、色の違い、生き方の違いはない。

演出家 神宮寺啓は田尻陽一がセルバンテスの原作から作った脚本を完璧に演出した。この脚本では観客は原作に書かれた通りに読み、よく知られた章に出会うことになる。

劇団クセックACTは二年前、『人生は夢』という興味深い舞台を見せ、大成功を収めた。そして二年後、『ドン・キホーテ』を持ってきてくれるという夢を実現してくれた。

この作品に対して、観客は期待していた。

そして、クセックは期待を裏切らなかった。日本語による『ドン・キホーテ』は、俳優たちの演技力、表現力とも、拍手喝采の賞賛が送られてしかるべきものであった。

登場人物達の表現豊かな身振りによる演技は、無表情な語り手と対立させることで、われわれをドン・キホーテの狂気漬けにした。というのは、登場人物全員、時にはグロテスクにまでドン・キホーテの狂気の世界に入り込むのだが、この語り手がところどころ登場することで、みんなが思っているほどこの人は狂人ではないとわかっていると、上から超然と見ている人になる。

最初に気になった言葉の問題は字幕によって解消されたが、ドン・キホーテのよく知られた箇所が演じられるので、今どこを演じているのか分かる。「ラ・マンチャのさる村に、その名前などどうでもいいのだが…」をコロスが言い出すと、それで十分ドン・キホーテの世界であった。

音楽は実に選曲がよく、演出家と脚本家が観客に自ら答えを引き出すように試みた狂気の世界より、われわれを狂気の世界に導いてくれる音楽の使い方であった。

結論として、よく練られた演出、伝えたいことに対する明快なコンセプト、わずかな道具による舞台装置によって、ドン・キホーテの狂気はどのようなものであったのか、全体としてうまく表現されている。騎士の目を通してセルバンテスがみたものをわれわれは見たし、また、現実も見た。はて、どちらを見たのであろうか?