(6) ランサ紙 2007/7/4
クセックACT、パワフルな舞台でヌマンシアに新しい息吹
日本の劇団は表現力豊かなビジュアルな上演で成功
目を剥き、顔をしかめ、異星人となり、灰色の重い衣装に身を包み、もしくは身を隠し、まるでそれはみずからのテントを背負う避難民のようでもあるが、劇団クセックACTの俳優たちは鮮烈な姿で舞台に登場した。ただ1人、帽子をかぶりカバンを持った語り手が客席奥から現れた。2200年前に勃発した騒乱に対し、国連監視団がとある駅、それはアトーチャ駅でもいいのだが、そういった駅の彫刻の前に現れたのかどうか分からない。彼はかつて沖縄に、いまはイラクに、アメリカ軍が侵入してきたときと同じ状況を見つめている。
この瞬間、つまり、まさに傍観するしかない語り手の前に混沌とした世界が繰り広げられる瞬間、携帯の単調な着メロがなる。
目の前の恐ろしい出来事に物怖じせず、しかし顔を引きつらせながら、日本人が扮するヌマンシアの住民は、屈服しなかった苦い勝利感を滲ませながら、セルバンテスのゴツゴツとした固い詩句と、この悲劇の背後に潜む陰の部分を、表現力豊かに、しかも革新的な様式で舞台に載せだ。
狂気と正気、勇猛果敢と生存本能は戦場において区分できるモノではない。なぜなら戦場においてはサッカーの試合のように引き分けということはあり得ない。なぜなら、戦場で敗北を帰さないで相手に勝利を与えない唯一の方法は自らも勝利を手にしないことであるからだ。不合理の合理・・・。
印象的な場面は、俳優たちが黒い衣装を着て赤い提灯を持って登場する死の場面と、男と女のあいだに流れる血を表す赤い布の場面だ。この場面は、女たちが「もしあなたたちがローマ軍に突撃するなら、自分たちは見捨てられ、奴隷となり、死に至るだけだ」と男に迫るところだ。この長い赤い布はまとめられ赤ん坊となる。また、赤い円筒はローマ軍の前で炎上する炎を見事に表現する。
たとえセルバンテスが芝居の世界で不器用な作家であっても、日本の劇団クセックACTは舞台上の仕掛け、例えば、紙風船の雨はローマ軍に侵略される万国旗をおもわせたが、こういったイメージを膨らませる仕掛けと、極限にまで達した肉体表現、この肉体の表現は日本語のセリフを甘い蜜に変えるといってもよい、両者相まって、セルバンテスの戯曲を色とりどりの花が咲き乱れる楽園、劇的感動に溢れるオアシスに変貌させた。
勝利ともいえる敗北のなかで生き残った少年がローマの将軍の前にすっくと立ちあがり、捕虜になる前に首をくくって死ぬ。ここまでセルバンテスのテキストにイメージを膨らませ生気を与えた上演に対し、観客は拍手の雨を降らせ、役者たちを何度もステージに呼び戻した。彼らは情熱と表現力でアルマグロ市立劇場の観客に勝利したのである。
A.R.記者

