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08/08/25(Mon)
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アルマグロ古典演劇祭01

アルマグロ古典演劇祭02

アルマグロ古典演劇祭03

オルメド古典演劇祭01

オルメド古典演劇祭02

オルメド古典演劇祭03

オルメド古典演劇祭

08/08/25(Mon)
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Category:ギャラリー
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劇団クセックACT 欲望を活写

日本の劇団がスペイン文学の最高峰の1つ『ラ・セレスティーナ』を市立劇場で上演
舞台は、実にシンボリックな装置により、とある精神病院で繰り広げられる

2008spain

(マルタ・モラ記者)一条の光も差し込まない朽ち果てた木の扉を冷たい風が吹き抜ける。そこはまさに、むらむらと燃え立つ欲望、エゴイズムの固まり、破滅に向かう願望に突き動かされた登場人物の心の中そのものだ。息がつまり、陰鬱で薄暗い。悪魔が再び戸をたたき、邪淫の焔をかきたてる。快楽こそが唯一の宗教なのだ。

机の周りを重苦しい狂気が漂う。カリストは理性を失い、恋の病によって死にかかっている。カリストを導くのは精神病院の仲間たちの言葉だ。彼らはコロスとなり、そのなかから、語り手をはじめ様々な登場人物が生まれてくる。

第31回国際古典演劇祭の呼び物の一つ劇団クセックACTの『ラ・セレスティーナ』は、色彩によって情熱と死をシンボリックに表現し、音楽によってこの作品のもつユーモラス的な要素を舞台で見せてくれた。かれらの舞台は実に視覚的で、エネルギッシュな役者たちの演技により今回も観客を熱狂させ、幕が下りてからも総立ちとなって拍手が鳴り止まなかった。

2008spain

シンボリックな舞台

クセックの舞台はシンボルにあふれている。まず、衣装は赤か黒か、虫食いだらけの破れた扉に囲まれた舞台装置のなかで劇が進行するにつれ、どちらかを選択することになる。そして、舞台の最後に出てくる額縁は、生命の要素として実に暗示的である。

軽快でダイナミックな舞台は、観客に息をつかせる暇も与えない。舞台に快楽主義者で、吝嗇で、貪欲で、言葉巧みに人を操り、悪魔のように頭のよい人物が登場する。彼女は老いぼれており、車椅子に座っているにもかかわらず、セックスが楽しいものであることを保証し、セックスを楽しむことを人に勧める。実は、この車椅子こそが彼女に更なる力を与えているのだ。火田詮子によって演じられた老売春婦セレスティ-ナはプルトンと手を結び、現世で悪魔の隠す仮面をつけている魔法使いなのだ。

2008spain

恋の暗黒部を見せるためには、甘く切なく残酷な言葉が涙と血を誘う。しかし、こういったことを知らないまま、人は生きていけるのだろうか。

『ラ・セレスティーナ』の劇的構造は悲劇である。抑えきれない情熱としての愛がこの作品を進行させていく。

カリストはメリベアに恋焦がれ、メリベアは魔女セレスティーナの呪文のせいでカリストに恋焦がれる。これは禁じられた不道徳な恋であり、結末は死を迎えるしかない。作品の本質を1時間半に凝縮した劇団クセックACTの舞台で、死から免れたのは、召使の一人に恋をしたエリシアだけであった。

08/08/25(Mon)
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アルマグロの市立劇場に再び観客の賞賛

クセックACTは『ラ・セレスティーナ』を演劇祭のすばらしい宝石の1つに変えた

日本の劇団はフェルナンド・デ・ロハスのテキストを脚色することにより、劇的緊張、官能、巧みなユーモアの筆遣いを見せた

A/R 記者(シウダ・レアル発)

2008spain

日本語の役者たちに眠りこむような人はいなかった。作品が懲りすぎ、演技がもたもたし、場面が次ぎ次ぎと変わり、何を言っているのかセリフが分からなくなると、芝居が絶頂に差し掛かっても、眠気に負け、観客は眠りこけてしまうものだ。しかし、今回の日本人の芝居にそういうことはありえなかった。

彼らは実にエネルギッシュでバイタリティにあふれていた。まるで冒険コミックから抜け出たようだ。とくに彼らの演技が凝固し、コロスがセリフを言うときは、まるで漫画の吹き出しを分け合っているようだった。役者たちはあたかもそれが最後のセリフであるかのように、それぞれのセリフに生きている。張り上げた声で各場面の緊張を盛りあえげていく。『ラ・セレスティーナ』の場合、コミック性の強いセリフ、楽しい音楽と踊りを挿入することで、この芝居が持っている緊迫した一本の糸に色とりどりの紙吹雪を振りまいていた。

2008spain

『ラ・セレスティーナ』は、今回、アルマグロ国際古典演劇祭においてCheek by Jowl 劇団を率いてイギリスからシェイクスピアの『トロシダとクレシダ』を持ってきたDeclan Donnellan と並ぶ呼び物の1つであった。観客は、フェルナンド・デ・ロハスの表現豊かなテキストに堪能し、車椅子に乗ったセレスティーナ(「恋わずらいの母」より親愛の情がある) の奸計に感服しきった。もっともセレスティーナは、肉欲を満足させて仲間に引きずり込んだセンプロニオとパルメノによって、はした金の取り合いが原因で殺されてしまう。

8人の役者によるコロスは、声を揃えて主人公たちの思いを発声していくのだが、そのなかから次第に登場人物が現れてくる。そして各自の輪郭が整っていくと、お互いに求めあいながらも、同時に、羞恥心と社会的因習という柵によって隔てられた男と女の世界が繰り広げられていく。舞台上では、まるで絞首台に誘い込むように、もしくは銃剣で刺し抜くように、8人の役者が二手に分かれて椅子を振りかざすことで、乗り越えられない柵を表現している。

2008spain

セレスティーナは障害物を取り除くため、悪知恵を働かせ、まずプルトンを呼び起こし、カリストとメリベアを結び合わせる淫水の力を借りて、まどろっこしい2人の恋心をすぐさま肉欲の虜に変えてしまう。この場でさすがだと思ったのは、肉欲に無関心なメリベアを懐柔する淫水を作り出すとき、セレスティーナの膝の上に置かれた鍋から媚薬を作る煙がフツフツと上がったことだ。実に悪魔的だった。

もう1つ驚いたことは、舞台が始まったときに役者たちが座っていた机が、初めてカリストとメリベアによるセックスシーンの場で実にエロチックなシーソーに変わったことだ。さらには、病人が癒され、愛が営まれた使い古されたベッドが、命を失った主人公たちの遺体安置所になってしまったことだ。

役者たちは全員、黒っぽい衣装を着ていたのだが、メリベアが自分の情熱の主体者になったとき、真っ赤な衣装の引き抜きとなる。そして、演劇的なコミック性はコロスによって強調されていた。彼らは漫画の登場人物のように顔をしかめたまま動かなくなったり、筋の展開に大げさな身振りで反応を示したり、あるときには顔を引きつらせて額縁から覗いたりする。この額縁は窓ともなり、センプロニオとパルメノがまず飛び降りる窓となり、次いで2人の恋人が飛び降りる窓となる。

前半部分にメタリックな音楽を採用する反面、ベニーニ監督のユーモアを思わせ陽気なイタリア音楽を挿入した神宮寺啓の演出は、創造的な冴えをうかがわせ、昨年はセルバンテスの重厚な『ヌマンシア』で観客を魅了したが、今年は『ラ・セレスティーナ』によって観客を酔わせ、熱狂させた。初日の幕が降りたあと、劇場総立ちのスタンディングオーベーションがそれを十分に証明していた。

08/08/25(Mon)
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市立劇場 劇団クセックACTが『ラ・セレスティーナ』を日本語で上演
セレスティーナにおけるレアリティーの謎

2008spain

芝居を観劇するとき、それもスペインの古典を見るとき、観客たちはどのように戯曲が舞台化されるのか期待して劇場に行くだろう。今回、まずわれわれを驚かせたのは、日本の劇団がこの戯曲をまったく違う局面から見せてくれたことだ。もちろん原作がもつ21幕を90分の芝居に仕立て直さなければならない。演出の神宮寺啓はこの芝居の主人公はいったい誰なのか、セレスティーナなのか、カリストなのか、メリベアなのか、見ている人に問題提起をすることで、まったく違ったタッチの芝居を作り上げた。

長い机と8つの椅子が舞台に置かれている。8人の役者の声を合わせながら舞台が進行する。

われわれを驚かせたのは、まず、セレスティーナが車椅子に座っていることだ。あの時代にはなかったものだ。当時あったものは、魔女たちが煮出す媚薬を作る鍋だった。確かに、舞台ではカリストがメリベアを絡めとる媚薬が鍋から作られる。しかし、2人の恋は勝利では終わらない。2人とも死んでしまう。

字幕つきで上演されたが、役者たちの表情豊かな演技を見ていると、字幕を見落としてしまった。舞台装置とあいまって、挿入された音楽も重要な要素となっていた。

(ラケル・モンテロ記者)

08/08/25(Mon)
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08/04/24(Thu)
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神の言葉

 今週の火・水曜日にムルシアのパラガ劇場でミゲル・セルバンテスの古典演劇『ヌマンシア』が公演された。パラガ劇場で古典演劇だって?そうなのだ、しかも、日本語での上演だ。ああ、それなら分かる。パラガ劇場はスペインの古典劇しかもセルバンテスの作品を日本語で上演することで我々を驚かせてくれたんだ。これはすごいことだ。劇団クセックACTは新興演劇祭(失礼、アルマグロ国際古典演劇祭と言いたかったのだが)で、すでに3回も公演している。アルマグロ国際古典演劇祭の委員長の依頼によって、3回目のアルマグロ公演で『ヌマンシア』を初演したのだ。興味深いことに、この劇団クセックACTはスペインの古典劇を中心に活動している。これがわれわれの関心を呼ぶ結果となっている。冗談はさておき、パラガ劇場の方針は「伝統の型に嵌らない」舞台を作ることであるが、この点において、パラガ劇場が日本人によって演じられた『ヌマンシア』を1つのコード化と異なるパラメーターを持つ作品として上演した意義がある。

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08/04/08(Tue)
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Category:新聞記事
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クセックACT、考えさせられた舞台

第25回アルメリーア古典演劇祭で日本の劇団が土曜の夜、字幕付でセルバンテス作『ヌマンシア』を上演

 セルバンテスは30歳代に古典演劇の法則に則って『ヌマンシア』を書いた。何度もヌマンシアを征服しようとしたローマ軍だったが、執拗に抵抗するヌマンシアに対して数ヶ月の包囲戦を仕掛け、その結果得たものは灰燼に帰したヌマンシアだった。この演劇は英雄主義の頂点に立つ演劇だと考えられてきた。

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08/04/08(Tue)
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Category:新聞記事
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アルメリーア演劇祭 パンフレット

毎回、何事かが起こるスペイン公演。今回は飛行機に悩まされました。

昨年も帰国のとき、バラさんの荷物が届きませんでしたが、今回は行きの荷物が届かない!!

演出の神宮寺とスペイン在住の通訳さんの荷物が届かず、三日目にしてやっと手元に。衣装など舞台に必要な物がなかったのが幸いというか…。

ムルシアでは、舞台芸術学校にうかがい、校長先生の案内で学校見学、生徒の方々との座談会など、いつも以上に交流の機会にめぐまれました。

ムルシアの劇場

アルメリーアでは本番前夜の深夜一時まで照明の仕込み…。小さなハプニングはいくつもありましたが、120年の歴史を誇る「セルバンテス劇場」でセルバンテス作『ヌマンシア』を無事上演。スタンディングオベーションまでいただくことができました。

今回の公演は、昨年のアルマグロ古典演劇祭のときにオファーをいただき、そのためほとんどの衣装や舞台装置はスペインに保管してありました。公演が終わったので貴重な劇団の財産?は持ち帰らなければなりません。しかし!遙か遠い島国への輸送は高額…。となると、劇団員がスーツケース&手荷物にしっかりと押し込んで持って帰ることになるわけです。これも肉体訓練!?

その荷物を抱えつつ帰国の途についたわけですが、悪天候で飛行機が遅れトランジットのパリで五時間半の足止め。帰国は予定よりかなり遅れてしまいました。お約束のように荷物が一緒に帰ってこない人も。今回は4人分が帰りたくなかったようです。

新聞記事

スペインに限らず、いつも舞台を作り上げることは大変ですが、新しい人との出会い、そしてそこからフィードバックされる新たな表現の発見には心動かされます。

次は7/16~7/24の日程でアルマグロです。
演目は「ラ・セレスティーナ
五年前とはキャストを大幅に変更しての公演です。こちらは6/25に関西外国語大学にて公演いたしますので、ぜひお越しください。

08/04/08(Tue)
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演出家 神宮寺啓 自ら撮影・編集を行ったスペイン公演の記録ビデオです。

07/08/03(Fri)
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