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劇的な声によるドン・キホーテ


劇的なクセックACT、独自の脚本による驚きの舞台、再びアルマグロに


スペイン ランサ紙 2005年7月14日 掲載

圧倒的な声量と顔の表情、独特の身体表現、それに豊かな創造性に満ちた舞台、これが劇団クセックACT特有のものだが、今回はスペインの古典に基づいた作品をアルマグロ国際古典演劇祭の舞台にのせた。

しかしそれは、舞台装置と集団演技、さらに西洋にはない発声、その声の響き、それに日本的な歌舞伎のメーキャップによる、さらに驚くべき舞台であった。

名古屋で初演された『ドン・キホーテ……その狂気について』の演出家・神宮寺啓は、人間存在の孤独を引き出すために登場人物たちの生命力を強調したと言っている。そこで原作の精神を膨大な原作から引き出し、冒険とは何か、人生とは何か、演劇とは何か、狂気とは何かを導き出している。

この存在論的な問題が、『ドン・キホーテ』の良く知られたシーンを舞台化することで爆笑を誘い、舞台装置と音楽によって現代的なイメージを醸し出した。

3年前にカルデロン・デ・ラ・バルカの『人生は夢』で大成功を収めた劇団クセックACTは、今回、田尻陽一が原作『ドン・キホーテ』に書かれている会話をもとに脚色した脚本によって、2晩にわたって市立劇場で公演したが、その舞台成果は期待を裏切らなかった。

今回の脚本は、セルバンテスが豊富な実体験から作り上げた狂気について、新しい解釈を示したものと言える。演出の神宮寺啓は「セルバンテスは、自分が住んでいる社会と現実を一人のフィクション上の人物によって、変革し破壊したいと願っていた。」という。続けて「セルバンテスは自分が願っていた名誉(金ではない)を得ることはなかった。この不満が傑作を生み出したのだ。」という。

実際、クセックACTの舞台では、登場人物たちは全員、肉体のエネルギーと語りの表現によって次第に「ドン・キホーテ化」していくが、主人公は最後に「狂気によって社会から隔離された者として孤立する」というところで終幕を迎えている。