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KSEC ACT

in ​Spain

2018.2.15~2.18

マドリード バリェ・インクラン劇場

2018.2.21

ムルシア シルコ劇場

劇団クセックACTは、スペイン「国立ドラマシアターCentro Dramático Nacional;CDN」からの招聘を受け、2018年2月15日~18日 マドリード、2月21日 ムルシアにて、ガルシア・ロルカ作『観客』スペイン公演を行いました。

​​ここでは2018年のスペイン公演についてお伝えします。

​『観客』について

 1929年7月にニューヨークに渡ったガルシア・ロルカは『観客』の着想を得て、翌年キューバのホテルで書き始め、手書きの第1校は、スペインに帰国してから2か月後の1930年8月22日に完成した。推敲を重ね、友人宅で完成稿を朗読したようだ。マルティネス・ナダル(1903-2001)によれば、完成稿は3幕構成で各幕が2場に別れていたと証言している。つまり全部で6場あったことになる。この朗読原稿は当時の恋人ロドリーゲス・ラプン(1912~1937)に清書するよう手渡されたのだが、ラプンが内戦時に亡くなると同時に完成稿も行方不明となってしまった。

 ナダルは1936年7月、ガルシア・ロルカから手書きの第1稿を手渡されたと、1976年、ファクシミリ版として出版した。このファクシミリ版には第4場がない。手書きの、しかも加筆修正が入った手稿は読みにくく、スペルミスも目立つ。したがって、この戯曲の校定本は3種類出版されているが、それぞれ違う解釈になっている。つまり、決定稿がない訳だ。劇団クセックACTの『観客』は一つの解釈を提示した。この解釈をスペインの国立ドラマセンターは評価してくれたのだ。

​■ あらすじ

エンリーケとゴンサーロは男同士の関係。ゴンサーロは一途にエンリーケを愛している。しかし、世間体を気にするエンリーケは社会から二人の関係を隠そうとする。時代は1920年代のスペインなので、赤裸々に男同士の「愛の言葉」は書けない。そこでガルシア・ロルカはこの作品を『ロミオとジュリエット』の世界にした。ご存じのようにシェイクスピアの時代には女優はおらず、少年俳優たちが演じたわけで、二人の少年俳優が甘い男女の恋物語を舞台で演じる。舞台を見ている観客は誰も男同士の恋愛とは思わない。役者の肉体と戯曲のセリフの関係。ここが演劇の面白いところだ。

一方、われわれは、自我を曝け出さないよう、常に社会に対して仮面をかぶっている。自我を曝け出すと悲劇が生じるからだ。ひたむきな愛も同じ。純真無垢な愛に生きるゴンサーロの殉教。これがこの芝居の粗筋。しかし、ガルシア・ロルカはレアリズム恋愛劇を書くような人ではない。彼自身、「わたしは詩的なゲームをあえてやった」と言っている。愛とは偶然なのか必然なのか……、答えはない。

Teatro

Valle-Inclán

バリェ・インクラン劇場

Teatro

Circo Murcia

ムルシア シルコ劇場

劇評

『観客』砂の下の日本語
日本の劇団クセックACTがバリェ=インクラン劇場で
ガルシア・ロルカの作品を上演
フアン・イグナシオ・ガルアシ・ガルソン記者

ABC紙

Ovejas Muertas

日本演劇に内在するロルカの二面性:
劇団クセックACTによる『観客』
ラウル・エナンデス・ガリド氏

ARTEZBLAI

El Público/Federico García Lorca/KSEC ACT

ルヘンシオ・M・ラックス

Photo Gallery

未完成を完成させる苦しさと楽しさ

翻訳・構成・脚本 田尻陽一

1929 年、精神的危機に陥ったガルシア・ロルカはアメリカ合衆国に渡った。環境を変えることで得た成果はシュルレアリズムの詩集『ニューヨークの詩人』に結実している。このころ着想した『観客』も同じ範疇に入るシュルレアリズムの戯曲である。なぜシュルレアリズムなのか。まず、この戯曲に時間経過がない。登場人物は 39 人にのぼるが、最後まで登場する人物は「演出家」と「男 1」、名前でいえばエンリーケとゴンサーロの二人である。この二人、もしかしたら二人で一人なのかもしれないが、この二人がこの芝居の主人公かもしれない。このひらめきが嬉しかった。しかし、この二人は彼らが登場していない場では何をしているのか。もしかしたら他の登場人物になっているかもしれない、これをみなさん観客の前で舞台上に現前化する、この謎解きに基づく『観客』の脚本作りが大きな楽しみを与えてくれた。

大きな楽しみは大きな、いや、それ以上の苦しみを伴った。それは、『観客』は未完成な作品であると同時に、書いてあるスペイン語があまりにもシュールすぎて理解できず、日本語に翻訳できないからだ。ガルシア・ロルカの存命中にこの作品が上演されることはなかった。テーマが男同士の同性愛であるばかりか、この芝居を上演できる男優もいなければ、上演しても理解できる観客はまだいなかったからだ。

初演は 1987 年まで待たねばならない。しかし演出のルイス・パスカルは 39 人の登場人物に 35 人の役者を使っている。戯曲の構造分析はなく、僅かにセリフを削っただけで、セリフの演技化に力を注いだ演出だった。

2009 年、サラゴサのテンプレ劇団は 7 人で演じている。この公演でもセリフをカットし登場人物もカットしている。なるほど、上演台本は劇団の裁量に任されるのだ。「演出家 (エンリーケ)」が「鈴の登場人物」に、「男 1(ゴンサーロ)」が「ブドウの葉の登場人物」に舞台上で変わる。さらに途中で鈴の衣装とブドウの葉の衣装が入れ替わる。この解釈は脚本を作るうえで大いに参考となった。製作費の問題から少ない役者で多数の登場人物を演じ分けるのではなく、登場人物としてエンリーケとゴンサーロの人格に一本の筋を通す考えを与えてくれたからだ。

2015 年にマドリードのアバディーア劇場で上演された『観客』の俳優は 14 人。白い馬、学生、貴婦人といったコロス役はダブルキャスト。気になったのは、白い馬を男優 2 人と女優 1 人の 3 人で演じたことだ。白い馬は「演出家」の性欲の妄想であるとボクは考えていたので、なぜ女優が加わっているのか・・・。

ガルシア・ロルカの友人の証言では、『観客』の完成稿は全 6 場であったという。しかし、スペイン内戦によって所在が分からなくなった。残っている手稿には第 4 場が欠けている。作品が未完成であるがゆえに、各演出家は自由に自分の『観客』という舞台を作っているのだ。問題は第何場と書いていない「道化の牧童の一人芝居」という一場が第 5 場と第 6 場とのあいだに挟まっていることだ。これを第 4 場と考えて第 3 場のあとに上演している演出家もいる。しかしわれわれは「仮面」がこの芝居のキーワードあると考えて、フィナーレに持っていった。

昨年の始めの、ある演出家からのメールで、3 月にマドリードで『観客』がオペラ化されることを知った。感動的な舞台だったが、実はこの舞台を見ることで、「よし、翻訳しよう」という勇気と決心をもらった。というのは、リブレットを見ると、ボクが理解できないセリフはすべて省略されていたからだ。なるほど、ボクが分からないところはスペイン人も分からないのだと、大きな自信を与えてくれた。戯曲を半分削っても感動できる舞台は作れる。これも自信につながった。こうして出来上がった今回の舞台は、正にガルシア・ロルカの純粋な魂の塊であると言ってもいいだろう。

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